下里御大師堂保存修理工事の落成式

令和5年12月10日に保存修理工事の落成式が開催され出席しました。

落成式に至る経緯

・平成28年3月 湯前町歴史的風致維持向上計画を策定
・平成29年度 御大師堂周辺整備基本計画を策定
・平成30年度 御大師堂周辺の埋蔵文化財を調査 ㈱パスコ
・令和元年度 下里御大師堂保存修理工事基本設計 ㈱文化財保存計画協会
・令和2年~5年度 下里御大師堂保存修理工事 ㈱江藤建設工業

令和3年2月から本体工事に着手し、令和5年9月に防災設備工事に至るすべての工事が完了。
命を長らえた御大師堂は、その価値が見えやすくなりました。

下里御大師堂

下里御大師堂は、江戸時代まで吉祥院の一堂でした。江戸時代には、相良氏の菩提寺願成寺の門下に属する真言宗寺院でした。明治時代に吉祥院は廃寺となり、御大師堂だけが地域の人々によって守られてきました。平成30年に熊本県指定重要文化財に指定されています。
建築年代は、お堂内の墨書から遠宝4年(1676年)であることが判明しました。転用材が約3割使用されていたそうです。
吉祥院という寺号は、久米の勘代寺に引き継がれています。

弘法大師坐像

お堂の厨子内には、熊本県では最古とされる応永7年(1400年)作の木造弘法大師坐像が安置され、熊本県指定重要文化財に指定されています。

厨子・須弥壇(すみだんorしゅみだん)

須弥壇とは、仏教寺院において本尊を安置する場所であり、仏像等を安置するために一段高く設けられた場所のことです。須弥山に由来する名前です。
御大師堂の須弥壇の形態は、床に直接置く背丈の高いもので、壇上に直接諸仏を安置しています。先駆的で上質な作例です。
須弥壇の羽目板には関東常州に住む賀吽(がうん)の名前が記されています。天正9年(1581年)に作られました。

蟇股(かえるまた)

「かえるまた」とは、日本の寺社建築における部材のひとつで、梁や桁の上に置かれる、輪郭が山形をした部材です。蛙が脚を広げた姿に似ているところからこの名がついたといわれています。構造上必要な支柱であったが、のちには装飾化したとされています。

日本遺産

下里御大師堂は、日本遺産人吉球磨の構成文化財29番に指定されています。
この地域は、領主から民衆まで広がった大師信仰を受け、大切に守られてきた御大師堂をはじめ、多くの文化財が残されています。

参照元サイト

◎湯前町 
 https://town.yunomae.lg.jp

◎人吉球磨ガイド

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場所

熊本県球磨郡湯前町下里2824

課題

〇今後、保存修理工事の報告書が提出される予定です。
〇令和6年度以降で御大師堂の周辺整備が行われる予定です。

関係者の皆さま、ありがとうございます。

熊本大学名誉教授、伊東龍一氏、㈱パスコ、㈱文化財保存計画協会、㈱江藤建設工業 ほか関係者の皆さま 湯前町・湯前町教育委員会

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