~熊本県内最古とされる木造建築と、今も残る鎌倉時代の祈り~
熊本県湯前町に、約800年前の歴史を今に伝える場所があることをご存じでしょうか。
その名は、「城泉寺(じょうせんじ)」。
茅葺き屋根のお堂と、静かにたたずむ石塔。
一見すると、昔ながらの小さなお寺に見えるかもしれません。
しかし、ここには、鎌倉時代から残る国の重要文化財が4件もあります。さらに、名前の由来や石塔にまつわる、意外な歴史も隠されています。
私が活動する湯前町には、このような貴重な歴史と文化が、今も大切に受け継がれています。
今回は、城泉寺の歴史をひもときながら、その魅力をご紹介します。

1.熊本県内最古とされる木造建築が、湯前町にある

城泉寺の最大の見どころは、国の重要文化財に指定されている「阿弥陀堂(あみだどう)」です。
鎌倉時代前期の建物で、熊本県内に現存する木造建築として最も古いとされています。
約800年前といえば、源頼朝が鎌倉幕府を開いてから、まだ間もない時代。
その頃に建てられたとされるお堂が、今も湯前町に残っているのです。
大きな茅葺き屋根が特徴の阿弥陀堂。
華やかな建物ではありませんが、長い年月を重ねてきた木造建築ならではの美しさがあります。
当時の人々は、どのような思いでこのお堂を建て、手を合わせていたのでしょうか。
そんなことを想像しながら眺めると、いつもとは違った風景が見えてくるかもしれません。
2.なぜ「城泉寺」と呼ばれるようになったのか?
実は、城泉寺には、ちょっと意外な名前の由来があります。
本来の名前は「浄心寺(じょうしんじ)」。
ところが、1915年(大正4年)、仏像が当時の制度で国宝に指定された際、「浄心寺」が「城泉寺」と誤って記載されたとされています。
その名前が広まり、現在も「城泉寺」という呼び名が定着しているのです。
たった一文字の違いが、100年以上にわたって受け継がれてきたことになります。
なお、現在は寺院としての浄心寺は廃寺となっており、阿弥陀堂などの文化財は明導寺が所有しています。
「浄心寺」「城泉寺」「明導寺」。
この3つの名前には、それぞれ異なる歴史や役割があるのです。
3.800年前の仏像に込められた、人々の願い
阿弥陀堂の中には、国の重要文化財に指定されている3体の仏像が安置されています。
「木造阿弥陀如来及両脇侍像(りょうきょうじぞう)」です。
中央に阿弥陀如来、その両側に観音菩薩と勢至菩薩が並びます。

これらの仏像は、1229年(寛喜元年)に制作されたものです。
当時の人々は、阿弥陀如来を信仰し、亡くなった後には極楽浄土へ往生することを願っていました。
阿弥陀如来と2体の菩薩の姿には、そうした人々の祈りが表現されています。
時代が変わっても、大切な人の幸せを願う気持ちは、今も昔も変わらないのかもしれません。
約800年前の人々が祈りをささげた仏像が、現在まで大切に守られてきたことに、歴史の重みを感じます。
4.境内に並ぶ石塔。実は1基だけ、本物ではありません
阿弥陀堂の周囲には、七重石塔、九重石塔、十三重石塔が立っています。
七重石塔と九重石塔は、1230年(寛喜2年)に建立されたもので、どちらも国の重要文化財です。

石塔の各層には、小さな阿弥陀仏が彫られています。
ぜひ、塔の高さや形だけでなく、石に刻まれた細かな彫刻にも注目してみてください。
そして、ここにはもう一つ、驚くような歴史があります。
実は、現在の境内に立つ十三重石塔は、1992年に造られた複製なのです。
では、本物はどこへ行ったのでしょうか。
その答えは、同じ熊本県内の八代市にあります。
もともと城泉寺にあった十三重石塔は、大正時代に八代市へ移され、現在も国の重要文化財として保存されています。
なお、現存する本物の石塔は、上部の2層を失い、現在は11層となっています。
約800年前に造られた3基の石塔。
なぜ、1基だけが別の場所へ移されたのでしょうか。
その詳しい理由は、確認できていません。
本物が今も八代市に残されているという事実を知ると、城泉寺の歴史に、さらに興味が湧いてきます。
5.城泉寺の歴史をひもとく、謎の人物「浄心」とは?
城泉寺には、もう一つの大きな謎があります。
それが、「浄心(じょうしん)」という人物の存在です。
八代市に移された十三重石塔には、建立に関わった人物として、「沙弥浄心(しゃみじょうしん)」という名前が刻まれています。
沙弥とは、出家して仏門に入った人を指す言葉です。
浄心は、仏像や石塔の建立に深く関わった人物と考えられています。
ところが、この浄心が具体的にどのような人物だったのかは、今も明らかになっていません。
約800年前、なぜ、これほど大規模な仏像や石塔を造ろうとしたのでしょうか。
どのような願いを込め、後世に何を伝えようとしたのでしょうか。
城泉寺には、まだ解き明かされていない歴史が残っています。
6.歴史を次の世代へ。私たちの町に残る大切な財産
城泉寺の魅力は、阿弥陀堂や仏像、石塔だけではありません。
境内には、鎌倉時代から江戸時代にかけての石造物が残る、町指定史跡「古塔碑群(ことうひぐん)」もあります。
古い石碑や石塔の一つひとつにも、この土地で暮らしてきた人々の歴史が刻まれているのでしょう。
城泉寺は、長い年月の中で廃寺となりながらも、地域の人々などによって、その文化財が守り継がれてきました。
私が暮らす湯前町には、こうした歴史や文化が身近なところに残されています。
しかし、身近にあるからこそ、その価値や魅力に気づかず、通り過ぎてしまうこともあるのではないでしょうか。
今回、城泉寺の歴史を調べてみて、私自身も、地域に残る文化財の奥深さをあらためて感じました。
約800年前の人々が残した建物や仏像、石塔。
そして、それらを今日まで守り継いできた人々の存在。
こうした地域の歴史を知り、その魅力を多くの方と共有することが、次の世代へ大切な文化をつないでいく第一歩になるのではないかと思います。
7.城泉寺へ、800年前の歴史を訪ねてみませんか?
城泉寺は、歴史に詳しい方だけの場所ではありません。
茅葺き屋根のお堂を眺めたり、石塔の形を見比べたり、古い石碑に刻まれた文字を探してみたり。
それぞれの楽しみ方で、長い歴史を感じることができます。
8.その他
毎年、9月のお彼岸に、阿弥陀堂法要が行われています。
毎月、辻地区の皆様が、清掃活動をされているそうです。
昔は、阿弥陀堂の境内が子ども達の遊び場になっていたようですです。
城泉寺(浄心寺)へのアクセス
熊本県球磨郡湯前町瀬戸口5617
くま川鉄道・湯前駅から車で約8分
駐車場あり
堂内拝観の問い合わせ:0966-43-2050
※堂内・仏像の拝観は事前にご確認ください。公開状況や交通情報は訪問前に最新情報をご確認ください。
湯前町を訪れる機会がありましたら、ぜひ城泉寺にも足を運んでみてください。
そして、約800年前の歴史に思いをはせながら、この場所に残された文化財を、ご自身の目で確かめていただければと思います。
私たちの町には、まだまだ知られていない魅力がたくさんあります。
これからも、湯前町の歴史や文化、地域に残る大切な財産について、少しずつ紹介していきたいと思います。